Mrs.ポピーの童話〈バックナンバー〉
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   テーマ:ジョイ猫物語 第三章(14)

世帯主である飼い主のマークが、小太りの体を窓から出す。
「おいおい!ピース!珍しいな、一緒に夕食をしたくなったのかい?」
と、愛犬に語りかける。だが、ピースの隣で、夕闇に光るジョイの眼に気が付いた。
「おや、ジョイだね。どうしたんだい?この寒い中を・・・」
と、不審そうに外に出て来た。
ピースは吠え続け、ジョイは滅多に出さない鳴き声を盛んに聞かせる。
その異常を感じ取ったマークは、広い庭を駆けて門へ向かう。ジョイは、塀の穴から自宅へ駆け込み、先回りして床に横たわっている主人の傍らに立った。
マークが、滅多に訪ねたことのない玄関で
「失礼します」
の、一言と共に入り、そこで目にしたのは、床の上で動かない隣人サムだった。
受話器からは相変わらずローズの声が響いていたが、その声は最早悲鳴となっていた。
その受話器を拾い上げたマークは、ローズに急いで電話を切るように説明をしてから、救急車を呼んだ。
それから心臓マッサージに励む。
「ジョイ!サムの神へ祈っておくんだ。祈るんだよ!早く!」
と、興奮で顔を赤らめながら叫ぶ。
しかし、ジョイには祈るという言葉の意味が理解できない。マークは、じっと立ち尽くしたままで、何の反応もないジョイの様子に気付き理性を取り戻す。
「あ、悪かった・・・ジョイ、すまん。君が猫だってことを忘れてたよ」
謝りながらもマッサージを必死に続ける。しかし、一向に老いたサムの体は動かなかった。
サムは、幸福の絶頂にいる微笑をうかべて眠っているようだった。健やかな眠りに入る直前の安らぎ感を得た瞬間に、彼の「時」が停止したのであろう。
その穏やかな表情は、悔いのない人生に終止符を打った者独特の死の表情だ。サムの七十年の生涯が、幸せで満ち足りていたのか、その核心なる部分を知る者は本人を除けば、地上には誰もいない。サム風に言うならば・・・まさにサムの仕えた神のみぞ知る、というところだ。そして、その神はご存知に違いない。サムが自分の息子のように愛した一匹の猫によって、生涯を懸けた己の理想の真理が勝利した。その輝かしい歓びの絶頂に、浸りつつ永眠に就いたことを・・・。
やがて救急車が到着し、サムは病院へと運ばれて屋敷を去った。



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